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先月末、現代ロシアを代表する作家のウラジミール・ソローキンが「ロシアはウクライナを孕んでいる」と題した文章を欧米メディア誌上で発表しています。昨年末からのウクライナ革命により惹き起こされたロシアの集団熱狂を戯画的に対象化したものです。

一部翻訳して下記に引用したとおり、今回のロシアの動きはあくまでプーチン大統領の一存に拠らない全体的な問題です。それは、西側諸国の新自由主義の発想と現代技術の刷新が世界を緊密に結びあわせ、中国やシンガポールなどが国家資本主義として経済的に台頭した世界における文化的遅滞の暴発であり、鬱積した退行現象の炸裂なのです。



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キエフ独立広場で2月に勃発したウクライナ革命は最早後戻りできないひとくさりの出来事を解放、炸裂させ、同様の、しかしそれ以上の規模ですらある事件の連続を魔術的な流儀で隣人にうながした。ロシアはウクライナを懐胎した。独立広場の青と黄の精子が勇ましくもやってのけたのだ。色鮮やかなグレネードの花火のもとで、モロトフ・カクテル(火炎瓶)のフレアと狙撃手の銃弾が宙を切り裂いた警笛のもとで。熱き月のあいだ、ロシアは過熱したテレビセットの前に座りこみながら子を宿した。新しい命は彼女の巨大な子宮を熱く掻きたてた。ウクライナに自由を。権威者たちは恐怖し、リベラリストは妬み、ナショナリストは憎悪の念で満たされた。クレムリンの住人も国民も今度のような急速な展開は予想だにしていなかった。

胎児は成長し、メディアの場をますます多く占領していった。キエフ革命はロシアを釘付けにし怯えさせた。妊娠中に生じるとおり、母体は避け難い心的過程に屈服させられた。女性たちがよく言うように、私の人生は「かつて」と「いま」に分けられたのよ、というわけだ。国内統治、経済、犯罪行為、ロシアの生活におけるありとあらゆる流儀が、映画のコマ止めさながらに全て突然停まったのだ。ロシアのゆたかで多岐にわたる生活がその背景に沈みゆき、破綻した過去へと変わったようだった。未来はそこにあった——ウクライナの側に。キエフの政治家たちの名前とウクライナの言葉がひとびとの舌から撒き散らされた。プーチンのロシアは横暴な態度でウクライナについて語った——しかしそれは、沈滞し、退屈で、田舎者じみていた。突然、ウクライナが信じられないほどにモダンで最先端なものに変わった。図体ばかりどデカいロシアが絶望的に遅滞し、鈍重で、田舎臭い一方で。

妊婦が頻りになま肉を渇望することはよく知られている。素早く噛みちぎられた新鮮な肉の塊は実際にあった。クリミアだ。ロシアの使い古されたポスト帝国の牙はなんとか切り裂いたが、飲みくだす余力はほとんど残っていなかった。肉塊はロシアの喉もとに詰まっている。エコノミストたちは、クリミアはいかなる計画のもとでも相当額の補助金を必要とする問題区域になるだろうと主張する。どうやってそれは消化されるのだろうか? 年間何十億ルーブルが必要なのだろうか? 結局、クリミアはひとつの島なのだ。

ようやく、母体の脳であるクレムリンから断固としたリアクションが返ってきた。中絶だ! 憎々しい、危険で望まれぬ子を切除せよ! 堕胎手術は「ロシアの春」として整えられた。執行は、分離派と工作員、「フォーチュン・ソルジャーズ」、冒険家、扇動家がおこなうときめられた。手術は、最新でも清潔でもない、ほとんど消毒されてもいない外科医療器具を用いてウクライナ南東部ではじめられた。テレビジョンが麻酔だ。

テレビは国中で過熱した。ロシア語を話すひとたちを軍国主義者のクーデターから守ろう! 我らが血の兄弟たちが助けを呼んでいる! ドネツクとルガンスクがウクライナにおけるロシア世界の要衝地だ! 父と祖父がやってのけたようにウクライナのリベラルファシストを撃退するんだ! ウクライナのロシア人を守ることが愛国者の神聖な責務だ! アメリカがウクライナを支配するためにリベラルファシストを手先にしている!

指導者たちもTVのように過熱しはじめた。即時軍隊を送り、キエフの街を行進させよという、ロシアの政治家と官僚たちの叫びはいまやありふれたものとなっている。しかしながら、麻酔の大量投与にも関わらず、中絶手術は成功しなかったようである。「胎児」は子宮の内から引き摺りだされてはいない。

ウクライナは私たちの身の内に入ってきた。ホームレス、政治家、小作農、オリガルヒ(寡頭資本家)、主婦、そして、破壊工作員——私たちの全てが身に運び入れたのだ。プーチンが遠くブラジルに飛んだとき、彼はまさしくとりこんだのだ。それは彼の悩みの種となり、W杯観戦の邪魔をした。同様に、イゴール・ストレルコフ(ドネツク人民共和国指揮官)のロシア帝国復活の計画に干渉した。BUK地対空ミサイルシステムのオペレーターはウクライナ上空を飛行中の航空機に悩まされた。そして、彼はロケットを撃ちこんだ。マレーシア航空ボーイング777の墜落は、苦しみに満ちた陣痛と危機の前触れ、覆ることのない帰結の結果だ。

ロシアはウクライナを孕んでいる。出産は避けられない。来るべきものはもっとある。増幅する分娩の痛み、へその緒の引き裂き、新生の産声……。乳児の名は美しいものであるだろう。帝国よ、サヨナラ。満ち足りた幼年時代を過ごせるだろうか? 私たちにはまだわからない。強く、健やかに育ちゆくことを、多くのひとが心より願うだろう。しかし、母親はどうだろうか? 訪れるお産は厄介なものとなり、疑いようもなく事態は紛糾するだろう。彼女は生き延びるだろうか? そして、残りの世界はどうだろうか?

via Russia Is Pregnant with Ukraine by Vladimir Sorokin | NYRblog | The New York Review of Books.

ウラジミール・ソローキンは、1955年生まれのコンセプチュアリスト出身のロシア人現代作家です。ジェイムズ・ジョイスフランツ・カフカのような「正常な」作家にではなく、ソ連版ポップ・アートとでも云うべきソッツ・アーティストのエリック・ブラトーフに強い影響を受けたと言明するとおり、文字や文体を言語のオブジェとしてパロディし、貼りあわせ、グロテスクでファンタジックな形象とともに現実世界を痛烈に風刺する諧謔のスタイルを特徴とする当代最高峰の作家です。1999年発表の長篇小説『青い脂』は、ソ連崩壊後の急速な時代変化を数年間にわたる沈黙と観察の果てに書きあげられたもので、1986、7年連載のアラン・ムーアウォッチメン』、1995年公開の押井守Ghost In The Shell』、1998年発表のミシェル・ウェルベック素粒子』に次ぐ、情報化社会、ポスト情報化社会を対象化した現代の記念碑的作品です。ソローキン自身のことばを借りればそれは、「切腹した武士の腸を観察して匂いを感じ取るような風変りな試み」だったのです。(参考:

ウクライナの動乱と革命をめぐるロシアの動きかたの意味については既に何度か書いています。(「プーチン政権の手を完全にはなれたウクライナの暴動は何を意味するか?」) 冷戦構造への後退やプーチンへの視点からのみ動きを観ようとする単純で古臭い解釈が未だに幅を利かせていますが、特殊部隊の破壊工作や民兵の展開、宣伝戦などを混ぜあわせた「曖昧・ハイブリッド攻撃」の対策をNATOが新たに研究し(参考:)、エネルギー資源貿易や宇宙開発事業をめぐって世界各国があらたな国際関係を複層的に模索しているとおり(「宇宙開発事業と天然ガス資源、クリミア問題をめぐる世界情勢の深層」)、現実の世界は複雑さと多様多能性を極めながら急速に新しい次元へと突き進んでいます。日本の知識人のなかには未だにベタな西欧中心主義批判と新自由主義批判に終始するひともいますが、実際には世界全体はすでに1周し、あらゆる理念が文明の過酷な変動性に圧倒されるというきわめて深刻なあたらしい事態が出現しているのです。(「理念の終焉、Gゼロ時代のイスラム系過激派武装組織、イスラム国とボコ・ハラム」)

江頭寛氏の『ロシア 利権闘争の闇』によれば、1990年代にボリス・エリツィン元大統領が敢行した旧ソ連の民主化と市場経済への移行が2度にわたるプーチン政権下でなし崩し的に退行させられるまでにはいくつかの契機がありました。ひとつは、2003年の大手石油会社「ユーコス」社長ミハイル・ホドルコフスキーの逮捕です。この事件は、ロシア国営企業の民営化で同社を安く手にいれた寡頭資本家ホドルコフスキーの政治的台頭に恐怖したプーチン腹心の部下イーゴリ・セーチンが、時の検事総長ヴラジーミル・ウスチーノフを(おそらくは息子娘の政略結婚によって)抱きかかえることで巨額脱税の罪で刑務所に送り、さらに、2010年末には資金洗浄の第2の罪によって刑期を延長させたものです。もうひとつは、2006年にサハリン大陸棚の国際的な開発プロジェクト「サハリン2」の工事に携わっていた外国企業にロシア政府が事業停止命令を出し、再国有化を果たしたガスプロムが官民の巧みな連携のもとで同プロジェクトの主導権を奪取した事件です。

強硬な資源ナショナリズムで知られるロシアの特徴は、国家資本主義にくわえて縁故資本主義があります。『親衛隊士の日』の邦訳刊行記念イベントでソローキンが語ったとおり、「10年以上もKGBの将校が国家官僚や企業家として」支配し続けているのが現代ロシアなのです。(参考:) その内幕はまさしく、16世紀の英国の文豪ウィリアム・シェイクスピアが対象化した権謀術数の渦巻く封建社会そのものであり、その閉鎖性、保守性、欺瞞性は、ソローキンが男性同性愛の醜猥な形象でもって戯画的に描くことが真実性を帯びるほどにナンセンスの極みです。もっとも、同様の事情は日本でも作動しており(「終わりなき日本の製造業神話、大手ハイテク企業は何故レタスを作りはじめたのか?」)、高度経済成長神話の破壊とともに近現代史を見直す必要があります。もっといえば、先日友人に教えてもらったことですが、聖徳太子以来といえる大乗仏教の輸入を太い幹とする日本精神史の批判的検討が必要です。しかしそれは、西欧諸国の文化的な強さと傲慢さに怨嗟を募らせる知的怠惰ではなく、ナイーブな価値相対主義の克服を20年越しに達成することでしかはじめられません。


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Chika Hitujiya

I'm Futurist, producing "Whole Earth Museum" and co-producing art project Run! Miumushi-Kun & Garapadish. This common purpose is really simple. Making you enjoy and preserving the enough requisite knowledge & things for human to survive the crisis of period.
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