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赤ちゃんの道徳観を研究している立場上、「人間は生まれながらに善人だったり悪人だったりするのか」と質問されることがある。私の答えは「イエス」だ。

人間の脳には生まれつき道徳観念が組み込まれており、赤ちゃんや幼児でさえ、他人の行動の善悪を判断できる。そして、善行に報い、悪行を罰したいと自然に欲するものなのである。突飛な主張だと思われるかもしれないが、多くの研究室で立証されている。

米エール大学の私の研究室では、人形を使った道徳劇を赤ちゃん相手に見せ、その反応を観察した。他人が坂を上るのを手助けするような善人役の人形と、逆に坂から突き落とすような悪人役の人形とを対照させて上演。赤ちゃんの表情や行動を見て取ることで、どのような道徳判断を下しているのか分析した。

結果として判明したのは、生後3カ月の赤ちゃんですら、善人役の人形を好むということだ。

もう少し年長の赤ちゃんや、よちよち歩きを始めた幼児になると、善人役に報酬を与え、悪人役には罰を与えるようになる。さらに、自分と同じ道徳観念を持った人形に愛着を示すこともわかった。つまり、善行に報いる正義の味方の人形の方が好かれるのである。

ただ、赤ちゃんの段階の脳というのは、自然淘汰の産物であり、その先天的な道徳観には当然ながら限界がある。実際、数々の研究で判明しているように、赤ちゃんの道徳的判断というのは、最初、融通が利かない。世界を硬直的に「自分たち」と「彼ら」に二分してしまって、自分たちのグループにかたくなに肩入れするのである。

ただ、幸運なことに、私たちはこのような生物学的限界を乗り越えることができる。現代の人間であれば、平等や万人の自由といった抽象的な道徳概念を持っており、あえて敵を愛することもできる。

via CNN.co.jp : 赤ちゃんにも善悪がわかる!?

皮肉なことに、現代の少なくとも日本人であれば、私たちのほとんどが世界を「身内」と「他人」の内と外の違いで分け、万人の自由を認めず、自身の責任も負えず、敵を敢えて愛することなどもってのほかだということを嫌と云うほど知っているでしょう。率直にいって、引用の記事を書いた心理学者のポール・ブルームは実際の人間については情けないほどに無知で、ヒトと類人猿の線引きのむずかしさを知らないと云う意味では知的傲慢に堕ちているとわたしは思いますが、しかし、神や法、規範、自由と責任などをいまのひとが解せなくなっている現実は、人間の知的成熟が存在しないことを意味するわけではありません。

学内アルバイトの関係で立教大学の文学部生、それも、学部3年次生の話や研究上の関心を聴いていると、優秀な学生ですらがひとの成熟を疑い、多くのひとがその知的未熟さゆえの問題、すなわち、世界を内と外との身体的共感の違いだけで解する認識の単純さに由来する集団ないし対人関係の問題に酷く苦しんでいることにおどろきます。もちろん、以前書いたように(「環境順応型知性、周囲からの「期待」に圧し潰れる韓国の自殺者たち」)、何もこれは若いひとだけの問題ではなく、どの国、どの世代のひとにも程度の差こそあれ共通する基本的な人間の苦しみといるでしょう。

繰りかえしになりますが、 人類ないし人間の段階的な成熟を問題にしたのは19世紀の社会主義思想家のアンリ・ド・サン=シモンと、彼の若い弟子であり破門された後に人類の知の統合の学問として社会学を構想したオーギュスト・コントです。今日では完全に忘れ去られた近代の思想家たちですが、神学的精神、形而上学的精神、実証的精神と変貌していく彼らの3段階説は、私見では、当時の心理学や考古学、動物行動学などの時代的制約を受けつつも、今日でもなお有効であるどころか後のさまざまな思想に陰に陽に影響をあたえました。実際、彼らの3段階説は、意識であれ無意識的にであれ、発達心理学者のロバート・キーガンの手により現代の組織実践の現場に蘇っているのです。


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自己主導型知性 Self-Authoring Mind

・周囲の環境を客観的に見ることにより、内的な判断基準(自分自身の価値基準)を確立し、それに基づいて、まわりの期待について判断し、選択をおこなえる

・自分自身の価値観やイデオロギー、行動規範に従い、自律的に行動し、自分の立場を鮮明にし、自分に何ができるかを決め、自分の価値観に基づいて自戒の範囲を設定し、それを管理する。こうしたことを通じて、ひとつの自我を形成する

via ロバート・キーガン『なぜ人と組織は変われないのか ハーバード流 自己変革の理論と実践』

赤ちゃんの心ないし知性の発生と発達には、以前書いたように(「あなたの出逢いを定めている類人猿のコミュニケーション類型」)、鏡像的な対面関係のコミュニケーションがほとんど絶対的に欠かせませんしかし、霊長類学者のフランス・ドゥ・ヴァールが、7、8歳までの子どもなら、他の霊長類、政治的な行動に長けているチンパンジーや親密圏の醸成を得意とするボノボとほとんど行動が変わらないことを指摘し、情動感染や視点取得、公平性の概念など、ヒト以外の鳥類や哺乳類にも身体的共感にもとづいた段階的な社会行動が見受けられることをあかしている以上、「人間の脳には生まれつき道徳観念が組み込まれて」いると主張するのは原理的に間違っています。(「相互扶助感情とグレート・リセット、クマムシ博士に書評を拾っていただきました。」)

おもうに、人間の赤ちゃんに識別できたのは、自身(と無意識にミラーリングした相手)に害をなす者と助ける者の行動の違いでしょう。素直に考える限り、この両者の違いが無自覚に理解できない子どもは後の集団生活においては不利な立場に(しかし、認知的には有利な異端者の位置に)おかれざるをえません。そして、赤ちゃんであれ大人であれ、私たちはほとんどの人間が「自分たち」には甘く「奴ら」には冷酷な行動をとることを身に染みて知っていますから、赤ちゃんが身体的共感にもとづいた社会的行動をとるからといって「普遍的な道徳感覚」が立証できたと大喜びするのは大きな誤りでしょう。

前述のロバート・キーガンは、上記引用の「自己主導型知性」を、集団的な同調性や鏡像性に依拠した「環境順応型知性」を人格的に克服したより高次な知性として描いています。私見では、人類史的にはこの知性は、以前書いた黒海の洪水以後のものとして(「ノアの洪水伝説、アメリカ大手企業はなぜ米軍特殊部隊に学ぼうとしているのか?」)、すなわち、ヤンガードリアス期以降のヨーロッパ全域の定住生活群を撹拌し、衝突、和合させた、紀元前5500年以降の高度な文明の礎になったものです。精神分析的には「父」の問題でしょうが、具体的には「師」や「神」そして「法」の超越的な第3項に屈従し、内面化し、その俯瞰的な視点のもとで自身を責任ある自己として価値的に組織化することをいいます。人間の成熟と個の屹立は、第3者に対する敬意や尊敬、信仰心を抱いてはじめてはじまるのです。

20世紀の哲学者ミシェル・フーコーは、西洋における個の誕生には、11、2世紀に教会で編纂された贖罪規定書が不可欠であったと指摘しています。日常生活上のやってはいけないことを微に入り細に穿って規定し、違反したものはだれであろうとひとの前で懺悔することを制度的に義務付けたものですが、西洋近代の自由や平等といった概念にはこうした歴史の厚みがあり、そして、前世紀末にはほとんど完全に打ち倒されました。そして、今日の自己主導型知性は、キーガンによれば、企業の最高経営者21人のうち17人が(残りの4人はより高次な「自己変容型知性」に)到達しているものです。個の責任や成熟という厳しい価値秩序を避ける気持ちと利点はわからないではないのですが、しかし、世界を「自分たち」と「奴ら」のふたつに分ける単純な社会的知性だけではペンギンの集団自殺のように、あるいは、世界大戦末期の旧日本軍のような愚かな事態に陥ってしまうでしょう。



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Chika Hitujiya

I'm Futurist, producing "Whole Earth Museum" and co-producing art project Run! Miumushi-Kun & Garapadish. This common purpose is really simple. Making you enjoy and preserving the enough requisite knowledge & things for human to survive the crisis of period.
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