社会的知性の繊弱化、過激な新世代ネオナチの台頭に盛りあがる極右スウェーデン人党


SvenskarnasParti

総選挙の年を迎え、スウェーデン国内では各政党および政治団体の動きが活発化している。

現在非常に懸念されているのは、極右、スウェーデンでは通常「ネオナチ」とされている極端な政治思想を持つ集団が、これまでの花火やガラス瓶、こん棒に加えて最近はナイフなどの武器を所持し、文字通り殺意を持って反ファシストの動きを攻撃し、流血のバトルを繰り広げ始めたことだ。

3月8日、「国際婦人デー」に合わせて行われたフェミニストおよび反ファシスト活動家によるデモが右翼過激派に襲われ、何人もの若者が刺されるという事件が起きた。そのうちの1人、25歳の若者は致死的な重傷を負い、一時は生死が危ぶまれた。

ナイフを所持しこの若者を刺殺しようとした30歳の男性は、殺人未遂の容疑で指名手配されているが、国外へ逃れたと見られている。スウェーデン警察はインターポール(国際刑事警察機構)にも協力を要請し、男の行方を追っている。この容疑者はネオナチグループであるスウェーデン人党(Svenskarnas党)の活発なメンバーとされている。この他に警察が逮捕した3人は全員20代で、すべて殺人未遂の疑いがかけられた。

さらに26日には、昨年12月に発生した、人種差別に対する抗議集会時に起きた事件の判決が出された。これについては以前にも触れたことがあるが、マスクで顔を隠した極右集団約50人がデモ隊を襲撃し、参加していた家族らが負傷して病院に搬送された事件だ。彼らは花火を水平に打ち込んだり、火炎瓶、こん棒などを用いてデモ隊に暴力を振るった。

この時に警察に捕捉された者の半数は10代だ。この時、関係者の多くが「新たなナチス世代の波が到来した」「この種の事件は今後ますます過激化する」と話していたが、この予想は年を改めてから極端化し、目に見える事実となってスウェーデン、北欧、そして欧州全体に共通する問題になっている。

差別と排外主義を監視する非政府組織(NGO)「EXPO」が昨年末に発行した年次リポートによると、右翼グループの活動は近年急激に拡大している。

同リポートは、ネオナチグループのプロパガンダ(情宣)活動、デモ、講演、組織内部の討論会、デモの妨害などの犯罪行為も含めた政治的な活動数をカウントしている。これによると2012年中の右翼グループの活動数は1824で、前年比24%増だ。このうち最も活動的だったのは活動数1024のスウェーデン人党(SvP)で、これにスウェーデン抵抗運動(SMR)の435が続いている。

EXPO代表のダニエル・プール氏は、彼らの活動の形態も多様化しており、社会の不満を吸収して急成長していると話している。

移民排斥を党是とするスウェーデン民主党は、2010年には国政選挙で初の議席を獲得し、最近の世論調査でも10%近い支持率を維持している。

つまり、スウェーデンでは、極右党が一般的な「政党」としての体裁を取るようになったということだ。

via ネオナチ新世代の台頭 過激化する街頭バトル、極端化する思想~北欧・福祉社会の光と影(43):JBpress(日本ビジネスプレス).

良い記事なので詳細は引用元をみてほしいのですが、以前書いたように(「極右政党の躍進と奇跡を起こす壊し屋、仏国民戦線とイタリア新首相マッテオ・レンツィ)、近年、旧先進国のなかで極右政党が急速に支持率をのばしていることは単純な政治的危機意識を越えて興味深く観ています。もちろん、[p2p type=”post_tag” value=”social-media”]ソーシャルメディア[/p2p]への接続を禁じている[p2p type=”post_tag” value=”turkey”]トルコ[/p2p]のエルドアン首相や(「YouTubeとFacebookの利用禁止をもくろむエルドアン首相は世界の例外か?」)、靖国神社への参拝問題などで国際関係に摩擦を生んでいる日本の安倍政権、露骨な反日パフォーマンスをおこなっている韓国の朴政権も、大きくみればこの世界的な右傾化に連なり後押しされたものでしょう。目下、最大の国際問題となっている[p2p type=”post_tag” value=”russia”]ロシア[/p2p]と近隣諸国についてはいうまでもありません。(「プーチン政権の手を完全にはなれたウクライナの暴動は何を意味するか?」)

興味深いのは、[p2p type=”post_tag” value=”france”]フランス[/p2p]の国民戦線の画像をみていてもおもったことですが、若年層のすがたがこうした極右政党の支持者に比較的多くみられることです。もちろん、単純な広報戦略という面も多分にあるでしょうが、上記引用に書かれているとおり、先進国の若い世代が既存の保守的な発想や思想に共感をもちはじめていることも事実でしょう。その意味でいえば、以前書いたように(「UNIQLOの大転換と日本の有名大卒マイルドヤンキー群」)、世界的な「新上流」と「新下流」の2極化構造においては、日本全体が「新下流」方向へ、すなわち、全般的、根本的な保守性への集団同調と過剰賛美の流れにあることとおなじ問題であり、現代日本人の極端なすがたを映しだす鏡ともなっています。

僕自身はこうした政治的な保守化の問題を、政治という特定の分野にかぎられた問題とは考えません。原理主義にほとんど近い極右や極左にはいずれの場合にも知的怠惰としての保守性が根深くあり、極端な例としては[p2p type=”post_tag” value=”nazism”]ナチズム[/p2p]や[p2p type=”post_tag” value=”new-age-movement”]ニューエイジ運動[/p2p]ですが、これらの極右、極左思想を、社会常識的な意味での近代やそれ以前の中世、古代、文明以前をふるき良き時代としてとらえるロマンチックな現実逃避の欲望が支えています。つまり、個の知性ないし精神に根深く巣食っている保守性と退行性を原理的にあきらかにし克服することこそが今日の重要な学問的、実践的課題だと僕は考えています。

下記の引用は、「新下流」階級の実際のモデルとしてチャールズ・マレーにとりあげられたフィッシュタウンについての記述です。解くべき問題は、歴史的な経緯があるのでむずかしいのですが、比較的直近に被ってきている変化として、以前最後に少しふれましたが(「サイバー非社交性、情報技術が人間にもたらす3つの問題」)、[p2p type=”post_tag” value=”mammals”]哺乳類[/p2p]が1億数千年以上も発展させてきた社会的知性が今日の情報化社会において極端に繊弱化してきていることが挙げられます。

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セントジュードの教区学校で四年生を担任している教師は、母親になるということがどういうことなのかわかっていないのがそもそもの問題だといっている。

クラスの子供たちの三分の二は親が働いていません。(略)親たちは子供にいい親だと思ってもらいたくて、子供のために何かをしようとしているのですが、どうすればいいのかわからないようです。(略)それに、そもそも母親が麻薬中毒だったり、男性とつき合っていたりといった状態ですから。(略)子供たちは自分の面倒を見るくらいの知恵は身につけていて、一人で放っておかれても何とか生きていけます。責任感もあり、兄弟の面倒を見ています。ですが、子供の面倒を見ることと育てることは違いますし、その違いは子供たちにはわかりません。

セントジュードの教区学校を運営している修道女、シスターキャロルはこういっている。

たとえ夫がいても、それは家にもう一人息子がいるようなものでしかありません(略)。たとえば、両手に買い物袋を提げた女性が歩いているとすると、そのコートの裾には何人もの子供たちがすがりついていて、その後ろからコンピューターゲームをしながらふらふらついてくるのがご主人なんです。何かがおかしいと思いませんか?

工場経営者のサイモンは、人を雇うときにあれこれやかましく言う方ではない。犯罪歴がある人や、薬物問題を抱えている人、学歴の低い人、未経験者にも積極的にチャンスを与えてきた。サイモンが出す条件はシンプルで、「誰にでもチャンスをやるが、時間どおりに工場に来て仕事をしないやつは首にする」、それだけだ。

【フィールドノートから】

わたしは椅子の背にもたれ、半ばからかうように、半ば挑むようにこう聞いた。「じゃあ、街角をうろついている白人の若い連中は何なの?」するとサイモンが「そこの角の?」と聞いたので、「たとえとしての”街角”よ」とわたしが答えると、ジェニーが笑った。サイモンはきっぱりいった。「役立たずだ。あの連中はここでも使いものにならなくなった。仕事が続かないんだ。(略)そもそも仕事をする気がないんだよ」

ジェニーはそういう男たちをたくさん見てきたという。彼らは仕事をもつことにも家族をもつことにも興味がなく、それが三十代になっても変わらないのだ。

だいたいは優しいひとたちよ。ただ、意欲がないの。

via チャールズ・マレー『階級「断絶」社会 アメリカ』

以前少し詳しく書きましたが(「環境順応型知性、周囲からの「期待」に圧し潰れる韓国の自殺者たち)、発達心理学者の[p2p type=”post_tag” value=”robert-kegan”]ロバート・キーガン[/p2p]の主張する人間の知的成熟における第1段階の[p2p type=”post_tag” value=”socialized-mind”]環境順応型知性[/p2p]は、私見では、哺乳類以来といえる身体的共感にもとづいた知的認識システムにほかなりません。問題は、本来であればこの知性が、以前クリエイティヴィティの問題で逆説的にふれたように(「創造性の秘密、スーパーミラーニューロンと急激な気候変動」)、相互扶助の助けあいや裏切りや欺きの政治的行動を可能にするのですが、上記引用の子育てに対する「どうすればいいのかわから」なさや、苦を負っているひとに対する奇妙な無関心さには文字どおりこの知性が「おかし」くなっていることがみてとれます。冒頭引用の新世代ネオナチの行動が過激化していることもまた、原理的にはおなじ身体的共感の繊弱化の問題といえます。

そして、以前書いたように(「あなたの出逢いを定めている類人猿のコミュニケーション類型」)、人間の赤ちゃんがはじめから無自覚な模倣を盛んにおこなう生きものであり、根本的にはそれによって言語をはじめとするさまざまな学習や修得、環境適応が達成されるのですが、当然、社会的知性の繊弱化は広い意味での学習能力の極端な低下を招きます。すなわち、自分にとっての未知なことがらに対する知的にも行動的にも怠惰で保守的な態度はまさしく「無気力」以外のなにものでもありません。ただし、この特徴はあくまで構造的なもので、社会常識な意味での無気力そうな感じとは意味が違います。まあ、今日の映画のなかの情報化[p2p type=”post_tag” value=”zombie”]ゾンビ[/p2p]たちも生きた人間より動きが速いですからね……。

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Chika Hitujiya

I'm Futurist, producing "Whole Earth Museum" and co-producing art project Run! Miumushi-Kun & Garapadish. This common purpose is really simple. Making you enjoy and preserving the enough requisite knowledge & things for human to survive the crisis of period.

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