サイバー非社交性、情報技術が人間にもたらす3つの問題


Mujirushi

もしあなたが、オンライン環境で新たな人間関係を築くことに不安を感じるタイプなら、あなたは「サイバー非社交性」(cyber-asociality)かもしれない。コーネル大学とノースカロライナ大学の社会学チームによると、サイバー非社交性とは、現実世界の外には人間関係を広げられない、あるいは広げたくないという、一部の人々にみられる「症状」のことだ。

研究共著者であり、コーネル大学で社会学を研究するマシュー・ブラシャーズ准教授は、「われわれの定義するサイバー非社交性とは、現実世界におけるような他者とのつながりを、ソーシャルメディアを通じては持てない、あるいは持ちたいとは思わないような、一部の人々にみられる傾向のことだ」と語る。

今回の研究では、大学生827名を対象に調査を行ったところ、デジタルを介した交流への拒絶感が、かなりの割合で、しかし偏った傾向として存在することが明らかになった。ほぼ全員が日常的にソーシャルメディアを利用していたにもかかわらず、一部の被験者は、そのような環境において、文字どおり完全に「ソーシャル」(社交的)になることには抵抗を覚えていた。

研究チームは、サイバー非社交性の傾向がある人たちに共通するパターンや相関関係を見出そうとしたが、ほとんど成果は得られなかった。この傾向に男女で性差はなく、また意外なことに、性格が内向的か外向的かということも、デジタル世界での非社交性とは関係がなかった。さらに、サイバー非社交性の人たちは、オンラインでもオフラインと同等の数の友人をもっているとの調査結果が得られた。

via 「SNSは空虚」と感じる「サイバー非社交性」の研究 « WIRED.jp.

サイバー空間における忌避感情は、人間の知性や精神の質の問題なのでこの面に対する明晰な洞察をもとにしなければ何らの相関関係もみいだせません。しかし、以前書いたとおり(現代技術と学習意欲、中国軍兵士の繊弱さと米軍の脳力強化プロジェクト)、今日と、今日以降の情報技術と情報化社会に対する忌避感情の問題はひじょうに重要で、既に書いたことですが(「YouTubeとFacebookの利用禁止をもくろむエルドアン首相は世界の例外か?)、個の問題としてだけでなく、国内情勢や国際政治のマクロな面でもきわめて深刻な問題となっています。もちろん、日本の安倍首相にも根が通じるものです。

今日の情報技術のひととの関わりにおける問題は、大きくわけて3つあります。ひとつは、前世紀後半からのプログラミングを基礎にした高度な電子機器やソフトウェアベースの技術がたえず登場し続け、同時に、[p2p type=”post_tag” value=”social-media”]バソコン[/p2p]とモバイルフォンの普及にともなうウェブの席巻により、1990年代以降ではこれまでの常識や秩序が大きく組み換えられていったことです。この点は、2025年の働きかたを予想した[p2p type=”post_tag” value=”lynda-gratton”]リンダ・グラットン[/p2p]がわかりやすく描いていて、かんたんにいえば、たこ壷化した専門家、専門技術者ではなく、また、広く浅くのゼネラリストでもなく、高度な専門技術と知能を絶えず修得し続けていく良いとこどりの「連続的スペシャリスト」でないと、未来の大規模な二極化階級社会は生き残れないと主張しています。

以前書いたとおり(「UNIQLOの大転換と日本の有名大卒マイルドヤンキー群」)、子どもから会社の上級幹部や経営者までもがプログラミングを学ばされているような[p2p type=”post_tag” value=”america”]アメリカ[/p2p]とは違い、日本は全般的に保守性が強く、そしてそれを皆で良しとして頷きあう奇妙な場所です。未来という闇から眼を背け、現状維持に終始し、定められている既存の途を邁進することに関してはすばらしい能力を発揮しますが、何事においても後手にまわり、危機対応も対処療法的で、根本的な改造や改革の必要をうまく遣りすごすひとや組織が圧倒的に多い。1990年代以降の情報社会の問題も結局はうやむやのうちにここまできてしまったと僕は観ていますが、2020年前後からのポスト情報化社会の変貌もまた、同じやりかたで乗りきっていくのでしょうか?

Lynda Gratton

『ワーク・シフト』が提示する、これからの働き方「3つのシフト」

1.ゼネラリストから「連続スペシャリスト」へ
広く浅い知識しか持ってない「なんでも屋」の最大のライバルは、ウィキペディアやグーグルである。未来で成功するには、「専門技能の連続的習得」が求められる。これからニーズが高まりそうな職種を選び、高度な専門知識と技能を身につけ、その後もほかの分野に脱皮したりすることを繰り返さなくてはならない。同時に、自分の能力を取引相手に納得させる「セルフマーケティング」も重要になる。

2.孤独な競争から「協力して起こすイノベーション」へ

未来ではイノベーションが極めて重要になる。そのためには、多くの人と結びつくことが必要だ。カギになるのは、オンラインで築かれる世界規模のコミュニティを指す「ビッグアイデア・クラウド」、同じ志を持つ仲間を意味する「ポッセ」、そして情緒面で安らぎを得るための「自己再生のコミュニティ」。この3 種の人的ネットワークが、創造性を発揮する源となる。

3.大量消費から「情熱を傾けられる経験」へ
所得を増やし、モノを消費するために働く──こうした仕事の世界の「古い約束事」がもはや機能しなくなっている。先進国の多くの人は、所得がこれ以上増えても幸福感は高まらない。働くことで得られる充実した経験こそが、幸福感の牽引役になる。時間とエネルギーを仕事に吸い取られる人生ではなく、もっとやりがいを味わえて、バランスのとれた働き方に転換しよう。

via 激変! 10年後の働き方、稼ぎ方 – PRESIDENT Online

情報技術と人間の残りふたつの問題は根本的には同じです。すなわち、19世紀末以降の原子物理学、とりわけ、量子力学以降に探究されてきたきわめて微細な現実の数学的[p2p type=”post_tag” value=”reality”]リアリティ[/p2p]情報工学と結びつくことによって具体化し、今日のあらゆる意味でのデジタルベースの製品やサーヴィスが誕生し普及しているのですが、重要なことはそれらが根本的にはひじょうに微細な現実のなかで作られていることです。人間の側からいえば、従来どおりの感覚で生きている多くのひとにとってはたいへんにわかりづらく、理解できないものであり、リアリティの側からいえばひじょうに繊細で、自由度が高く、そして、同時に脆いのです。

個の知性の情報化、デジタル化、情報技術の熟達というのは根本的にはこうしたきわめて微細なリアリティにまで自身の感度を深めることを云うのですが、敢えていえば、繊細すぎるがゆえの脆さを同時に抱えこむという意味では禁じられた知恵の実を食べるようなものです。問題は、上記引用の「サイバー非社交性」のようにこれを忌避すると云うこと、すなわち、生身の人間関係の延長としてのみソーシャルメディアを利用することです。以前書きましたが(「震災の避けがたい忘却に遺す幾つかの思考)、今日の情報化社会における本質的なコミュニケーション範囲は可能言語圏という潜在的な広さにこそあります。

もうひとつ、デジタル・リアリティの高度な繊弱さに対する真逆の反応として、果実を食べる、普通にいえば情報技術の自然な頻用によって個の知性が奇妙な脆さや粗悪さにはまっていくケースが多く見受けられます。こちらは情報化社会の内部ではじめから育ってきたひとに起こりやすい問題なので、今後はこれまで以上に深刻化してくる技術的な影響と云えます。いずれにせよ、情報技術、情報化社会の根本にはこうした数学的なデジタル・リアリティの繊弱さがあるのです。

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Chika Hitujiya

I'm Futurist, producing "Whole Earth Museum" and co-producing art project Run! Miumushi-Kun & Garapadish. This common purpose is really simple. Making you enjoy and preserving the enough requisite knowledge & things for human to survive the crisis of period.

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