環境順応型知性、周囲からの「期待」に圧し潰れる韓国の自殺者たち


韓国では10代の若者の半数強が、今年になって自殺を考えたことがあるという。コリア・ヘルス・プロモーション・ファンデーションが2月20~27日に実施した調査で明らかになった。

調査では、若者の40%超が学校でのプレッシャーや将来への不安が最大の懸念だと回答。また、主に自身の外見についてストレスを感じているとの回答が17%超、家族の問題について主にストレスを感じているとの回答は16%に達した。

韓国では自殺が大きな問題となっており、いい学校やいい職、いい外見やいい結婚のための競争という生涯にわたるプレッシャーが原因とされることが多い。気がかりなのは、先進国全体の自殺率が低下している一方で、韓国の15~24歳の自殺率は2011年には10万人につき13人と、01年の7.7人から大幅に上昇した(韓国統計庁の最新データ)ことだ。

via 韓国の若者、半分以上が「今年になって自殺を考えた」 – WSJ.com.

現代日本における自殺率の高さは少なからぬひとが知っている社会問題ですが、お隣の[p2p type=”post_tag” value=”korea”]韓国[/p2p]も同様の、あるいはそれ以上の自殺者問題を抱えていることはあまり知られてはいません。羊谷知嘉の以前のブログでも、両国が抱えているこの問題を、1990年代以降の急速な社会の情報化と園子温監督の最初にして最後の名画『自殺サークル』の批評とをあわせながら書きましたが(「自殺され、自殺することの表現・前編」)、現在では、西欧啓蒙思想以来の万人による万人のための闘争と云う誤った認識に基づいた科学万能主義的な発想と制度設計、そして、哺乳類史1億年以上の厚みのなかで培われてきた人間の総合的な知性の圧殺と云うふたつの観点から各論的に捉えられてきています。

前者の最たる例はなんといっても[p2p type=”post_tag” value=”subprime-lending”]サブプライム問題[/p2p]に端を発する[p2p type=”post_tag” value=”lehman-shock”]リーマン・ブラザーズ[/p2p]の破綻と世界金融危機ですが、1960年代以降の知性と階級の大規模分断が進行しているなか、チャールズ・マレーの云う「新上流階級」がシリコンヴァレー企業に代表される情報化社会のイノベーションを次々と起こし続けている一方、謂わばその陰の面とでも云うべき[p2p type=”post_tag” value=”america”]米国[/p2p]の金融界が、1980年代末からの金融規制の大幅緩和以降(参考:)、猛烈なロビー活動で極端な自由化に成功した[p2p type=”post_tag” value=”derivative-transaction”]デリバティブ取引[/p2p]、とりわけ、債務担保証券の発明によっていわば「新下流階級」の低所得者層を搾取するきわめて複雑な構造ができあがりました。

チャールズ・ファーガソン監督の衝撃的なドキュメタリー映画『インサイド・ジョブ』が良く描きだしたように、この構造に加担したひとたちには驚くまでに悔悟や逡巡、すなわち、善悪という秩序の価値基準や多大なリスクを負った債務者たちに対する共感能力との知性のあいだの葛藤がほとんど見受けられません。予告篇でも映像が少しでていますが、[p2p type=”post_tag” value=”goaldman-sachs”]ゴールドマン・サックス[/p2p]の現最高経営責任者ロイド・ブランクファインが法廷でじぶんたちの社員の行動の責を問われ、市場の作り手としてはなんの問題もないと悪びれもなく答えたことにはっきりとあらわれています。この単純過ぎる賢さとはいったい何なのか?

上記引用の記事では良くわかりませんが、韓国の自殺者問題について、3月25日発行の日本版ニューズウィーク誌にはこれよりかは詳しい記述のはいった記事が掲載されていたのでこちらを引き写します。記者の主旨は明確で、新旧文化の対立、すなわち、「特に若者たちは、現代の経済的個人主義と儒教の伝統の間で板挟みに」なっていると云うものですが、しかしこれだけでは限定付きの状況説明に過ぎません。

韓国では気がめいるような自殺のニュースが多い。体面を汚された芸能人や政治家が命を絶ったとか、大学受験に失敗した高校生が橋の上から身投げしたとか、老親が子供に迷惑をかけまいとして自死を選んだとか。

韓国人は仕事でも勉強でも恋愛でも成功し、家族の世話もしなければという大きなプレッシャーを感じながら生きている。こうした心の重荷が自殺率の高さにつながっているようだ。自殺率はOECD(経済協力開発機構)で最も高く、1日に約39人が自殺する。12年の死因で、自殺は4番目に多かった。

悲劇が多過ぎて感覚が麻痺しそうなところだが、それでも今月初めの事件は国民に衝撃を与えた。テレビのリアリティー番組に出演していた29歳の女性が、収録現場の家のバスルームで自殺。ヘアドライヤーのコードで首をつり、遺書を残していた。

自殺した女性の友人らによると、惨めな負け犬のような人物として描かれるのではないかと、本人は心配していたようだ。

via 競争と伝統で板挟み 「自殺大国」韓国の憂鬱(ジェフリー・ケイン) |ニューズウィーク日本版

これまでにも何度か名前をだしている発達心理学者の[p2p type=”post_tag” value=”robert-kegan”]ロバート・キーガン[/p2p]は、人間の知性が身体的成熟とはほとんど無関係に3段階の発達を長期的に遂げうることを科学的手法によって示し、多種多様な組織とおこなってきたチームマネジメントを通してその組織教育メソッドを確立させています。私見では、キーガンの知性観はかならずしも彼独自のものと云うわけではなく、僕の知るかぎりでは、18、9世紀の社会主義思想家[p2p type=”post_tag” value=”saint-simon”]サン=シモン[/p2p]、そして、彼の秘書であり、最晩年に破門した後の社会学の創始者[p2p type=”post_tag” value=”auguste-comte”]オーギュスト・コント[/p2p]にまでその思想を遡ることができます。ロバート・キーガンの歴史的業績は、20世紀の激動に忘れ去られたかれらの発想を科学的な手法で現代に蘇らせたところにあると云えます。

もっとも、彼の知性観には、歴史的発展という視野のなさと段階論的な発想に潜んでいる単純さという哲学的欠陥があるのですが、勿論、それらはひとえに組織論という分野に由来するもので、思想としての深みには欠けるものの、実用的な概念ツールとしてはかえって有効な枠組みになっています。そして、キーガンの主張する知性の3段階説とは、記事タイトルにある「[p2p type=”post_tag” value=”socialized-mind”]環境順応型知性[/p2p]」にはじまり、「自己主導型知性」「自己変容型知性」と発展していくものです。以前既に書いたとおり(そして、数字を正確なものに修正しました)、最後の段階は企業の最高経営責任者21人のうち4人しか到達できていない高難度のものです。

korea_suicide_bridge

環境順応型知性 Socialized Mind

・周囲からどのように見られ、どういう役割を期待されるかによって自己が形成される

・帰属意識をいだく対象に従い、その対象に忠実に行動することを通じて、ひとつの自我を形成する

・順応する対象は、おもにほかの人間、もしくは考え方や価値観の流派、あるいはその両方である

私見では、以前少し書きましたが(「あなたの出逢いを定めている類人猿のコミュニケーション類型」)、キーガンの謂う「環境順応型知性」は、哺乳類の社会関係の基礎を成し、とりわけ、ヒトの学習行動を開始させる母子間の鏡像関係を生みだす無自覚の共感能力に端を発しています。その意味でいえば、哺乳類史1億年以上の厚みに根ざしたひじょうに深く普遍的な知性(だったはず)なのですが、同時に、文明史1万年の蓄積のなかで法を守りながら社会を営み、また、2千年前、あるいは、数世紀前からの科学的懐疑の芽生えと制度化により誕生した自己変容の社会を生きている近代以後の人間としては、身体的な共感に知性の軸をおいたままの「環境順応型知性」ではひとえに幼すぎるのです。

上記引用のキーガンの定義には、「環境順型知性」の段階にあるひとの鏡像性と模倣性、自他の内外的分化といったものごとの捉えかたが良く示されています。わかりやすく云うと、物事をじぶんの内で無自覚にこしらえた思いこみの像としてだけ解し、真似、世界の広がりかたが自分(たち)に中心軸をおいた(身)内と外の親密さの度合いに基礎があるひとです。[p2p type=”post_tag” value=”elephant”]ゾウ[/p2p]や[p2p type=”post_tag” value=”dolphin”]イルカ[/p2p]、[p2p type=”post_tag” value=”anthropoid”]類人猿[/p2p]などに顕著にいえることですが、身体的な共感に基づいたこの知性によってさまざまな社会関係が、すなわち、協調と排除の複雑に絡みあった社会行動のなされることが多くの実験であきらかになっています。

原理的には、俯瞰的な神からの視点を内面化することで「[p2p type=”post_tag” value=”self-authoring-mind”]自己主導型知性[/p2p](セルフ・オーサリング・マインド)」に移行し、また、善悪や良し悪しといった価値の秩序体系そのものを懐疑によって否定し「[p2p type=”post_tag” value=”self-transforming-mind”]自己変容型知性[/p2p](セルフ・トランスフォーミング・マインド)」に移行することが最低限必要になってきます。自殺は差しせまった問題に対する究極の自己解決手段ですが、それ以上でも以下でもないという意味では知性の弱さが根底にあります。もっとも、政治的な制度や常識の壁に対する抵抗の意志としての自殺などはもう一段話が難しくなるのですが……。

しかし、問題はさらに複雑で、以前書いたとおり(「現代技術と学習意欲、中国軍兵士の繊弱さと米軍の脳力強化プロジェクト」)、1960年代以降、あるいは、1990年代以降の情報化社会における人間学的問題があります。くわえて、これらの学問的認識を実践の問題としてとらえなおすと、冒頭に書いたようなきわめて過酷な社会環境のなかで何をどのように具体的な解決を達成していくのかと云う問題に変わります。150年前、情報化以前の近代社会でおそらくは僕とおなじ危機意識を強くもっていたであろうオーギュスト・コントは、晩年、人類教という自身の学問的思想に基礎をおいた宗教活動に身を投じます。今日の[p2p type=”post_tag” value=”google”]Google[/p2p]が好例ですが、具体的なプロジェクトやプロダクトを通じた企業主体のミッション遂行がなによりも現実主義的には重要なのです。

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Chika Hitujiya

I'm Futurist, producing "Whole Earth Museum" and co-producing art project Run! Miumushi-Kun & Garapadish. This common purpose is really simple. Making you enjoy and preserving the enough requisite knowledge & things for human to survive the crisis of period.

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