無料アプリゲームの覇者アングリーバードと芸術作品のコモディティ化

2009年12月にリリースした「Angry Birds」という小さなゲームが、現在の我々の土台だ。それ以来、少しずつ拡大してきた。Angry Birdsが大ヒットした時、単に(52作目のAngry Birdsに続く)53作目、54作目とゲームのリリースにフォーカスするのではなく、ゲームが生み出したブランド、ストーリー、キャラクタをゲームの外の世界に持ち出す、他の媒体に拡大するという方向性を定めた。

エンターテインメント、ビデオ、おもちゃ、映画、コンシューマ製品、物理的なアクティビティパークなど、人々が物理とデジタルの両方の世界でストーリーやキャラクタを楽しむことができないか、ゲームにとどまらず持ち歩いたり見ることができないか。その方向性を元に、社内で組織を立ち上げ、キャラクタをさまざまな形状、媒体に取り出している。我々の強みは、キャラクタを通じて物語を伝えること。100日ではなく100年単位の息の長い企業を目指している。

モバイルゲーム市場は大きく、複数の企業が展開できる規模は十分にあると思っている。Angry Birdsの勢いを維持するために、バランスのあるポートフォリオを展開していく。それは、新しいものと慣れ親しんだもののミックスだ。

我々はプラットフォームとして中立で、モバイルでもiOS、Android、Windows Phone、BlackBerryに対応している。重要なことはファンが何を使っているか、どこでコンテンツを楽しんだりゲームをしたいのかであって、プラットフォームではない。その意味では戦略はなく、市場の動向によって決定する。

via デジタル発の“ディズニー”になるか–「Angry Birds」のRovioが目指すエンタメ企業の姿 – CNET Japan.

今日はたまたま銀座のソニービルで日本上陸したての[p2p type=”post_tag” value=”playstation”]PlayStation4[/p2p]を触ってきたのですが、まあ、凄いですね。アニメ映画並みの高精細なグラフィックスときわめて高感度な操作性の鋭さとでこれまでの僕の常識的なビデオゲーム観は随分変わりました。もちろん、同時期に世界発売されている[p2p type=”post_tag” value=”xbox”]XboxONE[/p2p]とくらべてどちらが良いかという専門的な議論はできないのですが、全身をコントローラーにしてプレイするKinectはぜひ触ってみたいものですね。

現在世界のさまざまな分野で頻りにさけばれていることのひとつが先進国における極端な二極化構造によるふるいわけです。経営論でいえば、去年物議を醸した[p2p type=”post_tag” value=”uniqlo”]UNIQLO[/p2p]社長の[p2p type=”post_tag” value=”tadashi-yanai”]柳井正さん[/p2p]の「将来は、年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減っていく」という発言にもよくあらわれていますし、もっといえば、おそらくはその下敷きにあるであろう、[p2p type=”post_tag” value=”lynda-gratton”]リンダ・グラットン[/p2p]の『ワーク・シフト』におけるきわめてシビアな現実認識がそうです。

柳井さんのインタビューをきちんと読めばわかりますが、結論だけを云えば、こうした認識の根本にあるのはリアリティの逆転です。柳井さんの「世界同一賃金」にしろ、グラットンの議論にしろ、世界観とでもいうべき[p2p type=”post_tag” value=”reality”]リアリティ[/p2p]の基礎がじぶんの身体と環境の相互作用から外に拡がっていく近代的、ないし、身体論的なものではなく、グロバーリゼーションのある程度進んだ広範な情報世界からそれぞれの局所にしぼりこんでいく現代的、ないし、ヴァーチャルなものに転倒しているのですね。

この問題は学問的にきわめて重要なのですが、さしあたり、これとおなじ二極化構造は、PlayStation4やXboxONEのような極少数のハイエンド製品と、低予算、低価格(というか、フリー)の大量のアプリゲームにわかれている今日のゲーム業界にも見受けられます。フィンランド発の無料アプリゲーム[p2p type=”post_tag” value=”angry-birds”]Angry Birds[/p2p]は、日本ではソーシャルゲームの栄枯盛衰の影に隠れてしまったのですが、おそらくは世界でもっとも成功した低予算ゲームのひとつであり、もっとも良く作られ、もっとも賢く展開された代表的なシリーズ作品です。

ほとんどのひとが否応なしに認めざるをえないところでしょうが、[p2p type=”category” value=”literature”]文学[/p2p]にしろ、[p2p type=”category” value=”music”]音楽[/p2p]にしろ、[p2p type=”category” value=”picture”]美術[/p2p]にしろ、インターネットでほんの少し検索すればぼろぼろと無料のものがでてくると云う意味においては、高予算のものを制作できる極少数の社会的トップランナーをのぞき、現代のあらゆる芸術分野の作家はアプリゲーム制作者とおなじ苦境に追いこまれています。プレイヤーの数が膨大にふえ、かつ、情報として凝集されることにより、芸術そのものがコモディティ化し、「作品」の社会的価値が以前に比べて低くなっている時代がいまなのですね。

となると、じぶんの「作品」にどのような方法で社会的価値を与え、かつ、作品以外のところからどのような方法で収益をあげるのかということを真剣に模索していないとけなくなります。そして、僕の知るかぎりでは、[p2p type=”post_tag” value=”will-i-am”]will.i.am[/p2p]が賢くも[p2p type=”post_tag” value=”wired”]Wired[/p2p]誌上でいっているように、そうした試みを果敢におこなっていて興味深いのが、今日の「曲を売るという縛りから解放された」音楽業界なのです。

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Chika Hitujiya

I'm Futurist, producing "Whole Earth Museum" and co-producing art project Run! Miumushi-Kun & Garapadish. This common purpose is really simple. Making you enjoy and preserving the enough requisite knowledge & things for human to survive the crisis of period.

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